2010年02月アーカイブ

一晩で行なったJR北海道 函館線の橋りょうの桁交換工事

  施工場所の八雲町は、北海道渡島半島の北部にあり、道南の拠点都市函館市と全道有数の重工業都市室蘭市の中間に位置し、札幌から約200kmの場所にあります。

  平成17年10月1日、渡島山系をはさんで隣り合っていた、渡島管内八雲町と檜山管内熊石町が新設合併を行い、新「八雲町」となり、日本で唯一太平洋(内浦湾)と日本海に面する町となりました。

八雲町 地図.png   八雲町は山と海に挟まれた地形であることから、JR函館線と国道5号が南北を縦貫しており、北海道における交通の大動脈となっております。

  このうちJR函館線に介在する鋼製単純桁構造の主桁が経年劣化により桁交換が必要となりました。 

 

 老朽化した既設の桁 北海道 写真3.png 

  特急列車が走行する函館線の大部分は複線となっておりますが、当該区間は単線となっていることから列車本数が多く、貨物列車の本数が減る年始期間においても施工時間が3時間程度しか確保できない時間的制約を受ける工事でした。

  限られた時間で桁交換が可能な工法を検討した結果、当社が開発した本設利用PC工事桁工法が採用されることとなりました。

 

   以下に、工事に従事した社員に話を聞きました。 

☆工事に携わった人

札幌支店 須藤 満さん 

須藤さん.png  

―工事について教えてください。

須藤 

  JR函館線は、函館を基点に、小樽、札幌を経由して旭川までの総延長423kmのJR北海道有数の動脈であり、函館から約100kmのところに位置する八雲町郊外にあるヴィタウシ川橋梁(鋼製桁:橋長7.1m)が経年等により交換する必要が生じたため、新設橋梁の構造計算、製作及び架設を行った工事です。


北海道 写真1.png 

―工事中はどんな点に苦労されましたか。

須藤

  新設桁の設計計算等は、本社エンジニアリング本部にて行いましたが、既設橋台が昭和22年施工であり、図面どおりの寸法、位置ではなかったことから、新設桁を設置するための測量値の算出に苦労しました。

  特に、既設桁の陰に隠れる部材の計測は困難でした。

  また、桁の撤去、架設の施工日が列車運行の関係で貨物列車が運休となる1月3日と決定しており、1日の遅延も許されない状況であることに加え、桁架設の施工時間が線路の撤去復旧時間を除くと2時間10分ほどで施工することとなるため、準備工等の各作業のタイムスケジュールを綿密に計画する必要があり、工程管理にも多大な苦労がありました。

 

北海道 写真2.png  

―完成したときの感想を聞かせてください。

 須藤

  既設桁撤去から新設桁架設まで計画通り2時間10分ほどの作業で何とか工事工程を守ることができました。

  翌日の一番列車を見送ったときには、感動よりホッとしたのが正直な感想です

 

 

新設PC桁取替え完了!!

北海道 写真4.png

 

工事件名    平成21年度 鷲ノ巣・山崎間ヴィタウシ川B桁取替

施工場所    北海道二海郡八雲町

発注者      北海道旅客鉄道株式会社

工事概要     桁製作       7.1m

             桁運搬        1式

             工事用道路    1式

                    桁架設       1連

                    桁撤去       1連

                    工期         平成21年12月1日~平成22年1月20日

 

ハノイ~ホーチミン間 国営ベトナム鉄道橋梁安全性向上化工事

ベトナムと言う国をご存知でしょうか。

日本からは意外と近く、成田空港からですと約2,600km、往路6時間、復路5時間の距離です。

今回は、2010年2月9日に契約調印をした「ハノイ-ホーチミン間国営ベトナム鉄道橋梁安全性向上化工事」についてご紹介します。

工事の中心となる町は中部のダナンで、ベトナム戦争当時はアメリカ軍の物資揚陸基地として栄えた町です。人口約80万人、首都のハノイからもホーチミン(旧サイゴン)からも飛行機で1時間10分程度です。

今回受注した工事の中で最大の橋梁が、このダナン市の北部20km程度のところにある「Nam O」橋梁です。

他の9橋梁は、既設の橋梁の下に新しい橋脚を構築し、営業線が終了し始発電車が走り出すまでの間で桁を横取りして施工しますが、「Nam O」のみ、仮線で線路を切回してからの施工となります。

▼「Nam O」橋の全景橋の全景.png

「Nam O」は、古都フエ市との間にあるハイヴァン峠の麓にあり、写真上の雲のかかっているのがハイヴァン峠の山並みになります。写真右側はすぐ海につながっており、潮の干満の影響を受けながらの作業となります。

▼急行列車が徐行して通過急行列車.png

ダナン市内には日本食のレストランもあり、日本企業の工場進出も盛んだと聞いております。もともとベトナム料理は中華料理よりあっさりしており、野菜を多く食べるのでヘルシーであると言われております。

またダナン市は海に近い為海鮮料理も有名で、夜は多くの人で賑わっております。

近くのビーチではまさしく白砂の海岸線が長く続いており、外国人観光客を含めた多くの人で賑わっています。写真は現場踏査後の夕方であったので人影は少ないですが・・・。

▼ダナン市内の白砂のビーチビーチ.png

▼ダナン駅前には蒸気機関車が駅前.png

今回は、このような現場を中心に行う予定です。

契約の調印式は、首都ハノイの高級ホテルで行われました。

ベトナム国鉄総裁を初め、在ベトナム日本大使館公使、JICAハノイ事務所長多くの来賓を迎え、当社からは橋口社長が出席し調印式を行ないました。

▼契 約 調 印 式契約調印式集合写真.gif

岡崎市美術博物館 ~マインドスケープ・ミュージアム~

  完成図.png  豊かな自然環境に恵まれた岡崎中央総合公園文化ゾーンの核として平成8年7月に岡崎市美術博物館(マインドスケープ・ミュージアム)が開館しました。心と体のリフレッシュのための空間にふさわしい、世界で初めての「心」をテーマにしたミュージアムです。

  敷地は豊かな自然を残す岡崎中央総合公園内にある高台の一角に位置しています。池のほとりに建ち上がった建物は、精緻なリブ状コンクリート打放しの造形も美しく、ガラス張りのアトリウム、伸びやかにはね出したレストランのウイング型大屋根をアクセントにして、泰然とした全貌を大自然の中に横たえています。

  平成9年には良好なまちなみ景観の形成や潤いのあるまちづくりに貢献している建築物として『愛知まちなみ建築賞』を受賞しました。

 当時工事に携わっていた名古屋支店古知野作業所の野澤満さんと一緒に現地を訪れました。

  

野澤さん.png 

―工事について教えてください。

野澤 

  岡崎市美術博物館は、エントランスホールが2階にあり、建物から池へアプローチできるスロープや階段があるなど地形を活かした造りとなっています。

  周辺の自然環境との融合を図るため、外壁は精緻なリブ状コンクリート打放しを採用しました。

  その他、高さ約20mの吹抜けを有する総ガラス張りのアトリウムレストランのウイング型大屋根がアクセントになっています。

 

―建物を久しぶりに見ていかがですか?

 野澤

 竣工して随分時間が経っていますが、改めてみると本当にすごいモノを造ったのだなと率直に感じました。この現場に携わったことは、本当に幸運であり、うれしく思います。当事の事を思い出しますと印象深い事ばかりです。

  総ガラス張りのアトリウムを造るのは初めての経験で、鉄骨と鉄骨を全て溶接でつなぐとても手の込んだ作業でした。

  総ガラス張りと言うこともあって夏場の内部での作業はとても暑く過酷でした。また、岩盤の山の斜面を削って建っているので、建築の工事では珍しくダイナマイトを使った掘削工事や、深礎杭等初めて見るものばかりで大変貴重な体験をさせていただきました。

  そのため日々勉強の毎日でした。

  

アトリウム.png  

  自分は仮設工事担当だったので、足場の計画を任せてもらっていたのですが、躯体が階段とスロープの連続で複雑な形状をしていたので、どのような足場を組めばより効率的なのか、非常に悩みながら計画を立てていた記憶が鮮明に残っています。

  クローラークレーンが2基あり、作業ヤードも広かったので、これを有効に使い、足場をユニットで組んで移動しながら転用していくといった考えもこの現場ならではの発想だったと思います。

  このように現場の特色をいかした計画を立てることも非常に大切なことだと感じました。もちろん現場が大きいだけにその分失敗も大きく・多かったのですが...

  今思えば入社4年生の自分によく任せてくれたものだなと今になって思いますし、上司や先輩に感謝しております。

  実は工事が終わってからも何度か家族を連れてこの場所を訪れています。

  子どもから「すごくかっこいい建物だね!」と言われた時は、とても誇らしく思いましたし、苦労したことも今ではいい思い出となっています。

 

レストラン.png 

―トラブルや苦労したことはありますか?  

野澤

  広い公園の敷地内での工事だったので、近隣は何も無く、作業ヤードも十分あって環境的には非常にやりやすかったのですが、建物の形状が当事の自分にとっては非常に複雑であり、イメージしにくかったので、足場の計画には大変苦労しました。

  幸い模型が事務所にあったので、毎日にらめっこをしながら足場の出来上がりをイメージしていました。

  ただ内部までは分からなかったのですが。内部足場は殆どが支保工足場で、特に建物南側が長大なスロープと階段で構成され、内部は支保工兼用足場、外部はスロープ上の浮き足場といった具合で何度も失敗して組み直した苦い経験があります。

  又、外壁がリブ面のコンクリート打放しで、足元はスロープの浮枠なので吹き出しなっており、コンクリートの打設にもかなり苦労したのを覚えています。

  美術品の収蔵庫なので打継からの漏水事故に配慮し、出来る限り少ない回数での打設に腐心しました。仕上がりの結果が期待どおりでなくくやしい思いをしたこともありました。

 

下から.png 

―当時を思い出して一番印象に残っていることは何ですか?

野澤

  アトリウム棟、レストラン棟の足場が解体され建物全容が見えたときは、とにかく凄い建物をつくったのだと感動しました。

 

―竣工した時の感想を聞かせてください。

野澤

  これだけ立派な建物に仕上げることができたという自信から、今までの苦労も報われたと思いました。

 

岡崎市美術博物館

○施工場所    愛知県岡崎市

○発注者      愛知県岡崎市

○設計       (株)栗生総合計画事務所

○構造       RC造  一部SRC造、S造

○延床面積    6,251.4㎡

○工期       1993年12月~1995年11月