2010年01月アーカイブ

~さいたま新都心へのメインアクセス、上下16線の鉄道下を通る 延長125mのアンダーパスをパイプルーフ工法で施工~

  

県庁所在地のさいたま市浦和区が埼玉県の行政・文教をになう都市とすれば、さいたま市大宮区は商業・交通の中心都市といえるでしょう。このさいたま市大宮区の南部とさいたま市中央区(旧与野市)にまたがる地域にさいたま新都心が開けています。新都心の地区を結ぶ交通路として、また外部から新都心への主要アクセスの役目を果たすのが、総延長125mの「こ道橋」です。16線の鉄道線路下を、首都高速大宮線・東西中央幹線の2つの道路と共同溝の通るアンダーパス工事を施工しました。当時工事に携わっていた平和広さんと一緒に現地を訪れてみました。(1999年竣工)

 

                      ☆当時工事に携わった人

                            ↓↓↓

                       平 和広さん( 平成3年入社) 平さん.png                        

―工事について教えてください。

JR京浜東北線、東北線(高崎線・宇都宮線)、貨物線合わせて16線の下に、首都高速道路と一般道、共同溝を通すアンダーパスの工事です。

 

 

全景.png 

―何か、挑戦したというエピソードや工夫をしたことはありますか?

運行する鉄道に影響を与えないことが、当然ながら安全面から最も重要でした。そのため、常に軌道変位の測定を行い、線路の挙動を監視し、測定結果を工事に迅速に反映しなければなりませんでした。そのため、レーザーによる軌道変位監視システムを導入し活用しました。

             

               ▽現場全景 京浜東北線などの16線の線路が横に走っている

写真2.png                ▽上部には直径914mmの鋼管が並び、パイプルーフの水平部を力強く形づくる

写真3.png―工事中はどんな点に苦労をされましたか?

狭い空間での運搬や掘削で、機械の損傷や事故が起きないかと神経をすり減らしました。特に測量は正直に言うと大変でした。メッセル導坑内で杭の位置を出すのも狭いし、暗いし、うるさいし、見通しは利かないし...おまけに昼夜で施工しているので、測量機械は動くし...。当時はそんなことで苦労の連続であった気がするのですが、改めてみるとそんなに苦労したかなぁって感じです。所員も同年代が多く、作業員も面白い方が多かったのが理由かもしれません。

 

               ▽盛大に行われた開通式

写真4.png                ▽さいたま新都心地下道

写真5.png―竣工した時の感想を聞かせてください。

この現場には竣功まで在籍してなかったのですが、学校で言うところの卒業にあたり、うれしいような、さみしいような気持ちになったのを憶えています。工事が竣功(完成)に近づくと一緒に仕事をしてきたメンバーも少なくなっていき、最終的には解散します。後であの現場は面白かったと言えるようになれたらいいなと当時から思っていました。

           

              ▽当時、工事に携わった精鋭たち! 中列左より2番目が平さん

精鋭たち.png

 

東北線 与野~大宮間東西中央幹線こ道橋新設工事 

 

○施工場所  埼玉県さいたま市大宮区~中央区

○事業主体  住宅都市整備公団、首都高速道路公団、埼玉県

○設計監理  東日本旅客鉄道株式会社

○工事概要  さいたま新都心へのメインアクセス道路として、東北線・京浜東北線等16の営業線の

         下に首都高速道路及び東西連絡道、さらに共同溝を一断面にした構造で、幅28.39m

         高さ19.56m、延長125mのアンダーパスを構築したものです。このアンダーパスは、

         138本のパイプルーフを門型に挿入し、さらに地盤の安定を図るため11,665m3の薬液

         注入工を施しました。

○工  期   1995年3月~1999年2月