
2009/04/29
カテゴリ: てっけんプロジェクト
竣工から10年経ったグランデュオ立川へ当時工事に携わっていた東京支店柴田崇さん(平成4年入社)と、上原誠さん(平成20年入社)と一緒に現地を訪れてみました。
現地を訪れた後に上原さんより柴田さんへインタビューをしていただきました。
東京都立川市は、東京多摩地区の中心都市の一つとして発展しています。市域南部のターミナル駅となっている立川駅に「新しい商業空間の創造」をコンセプトに、110のブティックとワールドレストランが入った、大型商業施設が1999年に開発されました。
グランデュオ立川全景
― 1999年4月18日に立川駅南口の駅ビルとしてオープンしたグランデュオ立川ですが、今日オープンから10年ぶりに現地に来たそうですが、久しぶりに建物を見てどんな気持ちですか?
柴田
立川駅は、東京多摩地区の人たちの拠点として、住み良い街・使い易い街づくりを目的としてターミナル開発と駅南口の再開発を一緒に行った合併再開発事業としてインフラ整備が進められました。
そのインフラ整備の一環として建設されたグランデュオ立川の建設に携わりました。立川へ来たのは、竣工して以来なので10年ぶりでしたが、10年前と変わることなくきれいなままで、建物が使われているのを見て感動したのと同時に、建物を創りあげる苦しみと喜びの思い出が彷彿としてよみがえりました。
休日のにぎわっている様子も想像でき、「立川」の活性化に貢献しているな!と思いました。立川にはグランデュオの他にも、ペデストリアンデッキ、ホテルメッツ、エキュート立川、モノレールなど、鉄建が携わった構造物が沢山あり、「立川に鉄建あり!」と言う感じですね。
―グランデュオ立川の中に思い出の場所はありますか?
柴田
7階にフロア全体が中国の街並み風のテーマパーク的なレストラン、中華料理専門店街「立川中華街」がありますが、そこのフロアの床の仕上げにはかなりこだわりました。今日10年ぶりに訪れましたが、状態を見て、こだわって仕事をした甲斐があったなと思いました。
その他グランデュオの1階は橋上の改札階が設けられ、グランデュオの入口と駅が直結しているのですが、改札を通って人が中に流れてくる様子を今日目にできたことは、とてもうれしく思いました。
―大規模な作業所では、多くの関係者の方が現場に出入りしていたと思いますが、現場での作業がスムーズに進行するように何か心がけていたことはありますか?また、プレッシャーはありませんでしたか?
柴田
大規模な工事だったので、多くの作業員が従事していましたが、売店やシャワー室を設けたり、入退場をバッチで管理したり、作業のしやすい環境づくりには配慮しました。経験のあるベテランの作業員の方にも若い私からの指示でスムーズに作業を進めてもらわなくてはいけないので、コミュニケーションを大切にしていました。
工事を計画どおりに安全に進めるために、みんなの意識を1つにするため、お花見や餅つきなど月1回のイベントを行うなど、横のつながりは大切にしていましたね。
作業所は最盛期には1,300人近くの作業員が出入りしていたのですが、その1,300人の前での朝礼はかなり度胸がいりましたね。
作業所には入社7年目に配属されたのですが、プレッシャーはありませんでした。それよりも、大きな現場で自分は何ができるのか?自分の持っている知識の何が活かせるのか?と言う期待感のほうが大きかったです。
―工事中何か大きなトラブルはありましたか?
柴田
人命に係わるような大きなトラブルはありませんでしたが、何かトラブルが起こってしまった時には、所長以下、作業員100人くらい総出でチームワークのもと回避しました。
現場は昼夜動いていたので、電車が走っている時間帯も工事は進められ緊張の連続でした。トラブルを未然に防ぐために、毎日綿密な打合せをして作業を進めたことが、大きなトラブルがなく竣工を迎えられたことにつながったと思います。
その他にも問題が発生した時には、近くの当社の現場にも協力を依頼して、助けを借りたこともありました。

―何か挑戦したと思えるエピソードはありますか?
柴田
JRさんの大規模現場では新工法や新技術での施工を経験できる醍醐味を味わうことがあるのですが、この現場でも、JR・竹中工務店さんと一緒に鉄骨柱の「ノンブラケット工法」や「CFT構造」を経験しました。
これは大規模現場でしか経験できないことなので、よい機会となりました。
―このような大規模現場で施工管理を経験し、何か自分が成長したと思えることはありますか?
柴田
大きな現場を動かす時は、工種ごとの施工管理にあたり、創意工夫と統制、決断力が必要であり、私はこの現場でそれを培い成長したと思います。
他の工種との調整、大勢いる作業員への伝達方法等、勉強になることも沢山ありました。
―当時を思い返してみて、一番印象に残っていることはどんなことですか?
柴田
竣工セレモニーの日に大勢のマスコミが集っている中で、沢口靖子さんのテープカットを一番前で目にしたことですね。
―工事が竣工した時の感想、また、あらためて建物を見た感想を聞かせてください。
柴田
仮囲いが取れ、自分が造った建物を利用されるお客さまを見ると、達成感でいっぱいになりますね。
工事中は夜間作業もあり大変でしたが、「駅がキレイになったね。」と声をかけられた時には、街のみなさんの役に立っているんだと感じることができて、とてもうれしかったです。
―これから挑戦したいことはありますか
柴田
やはり現場所長を経験したいです。自分も色々な現場を経験してみて、所長の「言葉の重み」、「やりがい」、「達成感」、全てが自分に返ってくる責任あるポジションで、発展途上の自分の能力を極めていきたいです。
ホテルメッツ
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―最後に後輩に一言!
柴田
小さな失敗や仕事上の問題など、そのままにしないで私たちのような立場の者にアドバイスを受けてください。忙しくしていても、みんなフォローしてくれます。
相談できる先輩を見つけたり、トレーナー制度を有効に活用したりして、先輩の経験してきたことに耳を傾けてみてください。
同じ会社にいるのですから、同じ失敗や苦労をするのは時間がもったいないです。先輩の力を借りて積極的に仕事を身に付けてください。
―上原さんの感想―
立川駅周辺には、鉄建が工事に携わった建物が多くあることにまず驚きました。
街のインフラを整備して、人の暮らしに役立つ仕事をすることで、周辺のみなさんに喜んでもらえる仕事の喜びをあらためて知ることができました。
作業所に勤務していると、先輩方はみなさん忙しそうにしているので任されっぱなしのような気がしていました。仕事を覚えようと思っていても失敗を恐れて、フォローしてもらえなかったら...と心配ばかりしていましたが、今日柴田さんの話を聞いて少し安心感がでてきました。
これからはつっぱしるくらいの勢いで、色々なことに挑戦して行こうと思います。
■グランデュオ立川
○所在地 東京都立川市
○発注者 東日本旅客鉄道(株)、ジェイアール東日本商業開発ほか
○設計 東日本旅客鉄道(株)、立川駅南口合体ビル実施設計JV
○工事概要 S造、地下1階 地上10階 塔屋2階
延床面積 64,710.18㎡
2009/04/29
カテゴリ: てっけんプロジェクト
東京メトロ錦糸町駅構内
東京メトロ半蔵門線は、渋谷~水天宮間ですでに開業していた路線(1990年開通)を13年の歳月をかけて、水天宮前より先の清澄、住吉、錦糸町、押上まで延伸しました(2003年竣工)。
この延伸は単に地下鉄沿線を便利にしただけでなく、東武線と東急線を接続させ首都圏の鉄道ネットワークに大きなインパクトをもたらしました。施工した地下駅は、この付近の主要幹線道路の直下で、墨田区随一の繁華街でもあるため、人通り、交通量ともに非常に多い場所でした。工事は交通に極力支障をきたさないように進められました。
当時工事に携わっていた東京鉄道支店の長橋潤さんと、平成20年に入社した目黒洋一郎さんで現地を訪れてみました。
長橋潤(昭和63年入社)

目黒洋一郎(平成20年入社)
― 錦糸町駅周辺は墨田区随一の繁華街であり、また主幹線道路が通っているため、人通り、交通量ともに多い場所での工事だったと思うのですが、どんなことに一番注意をしていましたか?
長橋
まず始めに地下鉄錦糸町駅の工事について簡単にふれたいと思います。
地下鉄錦糸町駅は土被り平均5.5m、掘削深さは23.7mで地下3層構造となっています。B3Fはホーム階、B2Fは電気・機械室階、B1Fはコンコース階となっています。これを営団さんからの直接発注25m、JR委託工区(JR総武線との交差部)が125m合わせて150mが当社の受持分でした。
その他に地下鉄出入口が2箇所、換気塔も併設されており、また墨田区による錦糸町駅前広場の整備工事の一環として、地下鉄構造物の上に地下駐輪場、駅前広場整備復旧工事、これら全てを当社にて施工しました。
JR錦糸町駅前
地下鉄11号線の錦糸町駅は付近の主要幹線道路である四つ目通り直下に設置されるため、交通に極力支障を来さないようにする必要がありました。
また、総武線四の橋架道橋直下での施工が施工延長125m(JR委託工区)のうち72mあり、ここでは空頭制限4.7mという制約を受けた中での施工でした。限られた時間の中で作業をしなくてはいけなかったので、時間になったらすぐに作業に取り掛かれるように、また良い条件の中で作業が進められるように、毎日作業工程を念入りに確認していました。
人通り、交通量が多い上に、規模が大きな工事だったため構造物(目的物)を作り始めるまでの仮設に時間がかかったことも大変苦心しました。
↓この道路の直下に錦糸町駅

―周囲には商店舗も多数あり、地域住民はもとより多数の一般の方も集まる地域でしたが、沿道対策について聞かせてください?
長橋
大きな店舗が多かったため沿道対策には大変苦心しました。
営団さんの渉外担当者と各工区の事務主任で近隣住民の協議会の会長宛に何度も工事についての説明にうかがいました。工事による直接的な苦情があったときには所長の指示の下、作業所全員で丁寧に対応して、信頼関係を築きました。
工事も終盤に差し掛かってくると、沿道の方からの苦情も増えてきました。工事が原因と思われるものは当然対処しなければなりませんでしたが、中にはそうでないものもありました。
しかし、どれも無視することなく、話を聞いて納得をしてもらうように対応をしていました。道路上での仕事だったので当時の所長から「工事をしているんじゃない、工事をさせてもらっているんだ!」ということをよく言われました。このような気持ちを持って近隣、協議の相手先と接していたことも良い結果になったのではと思います。
相手が何を求めているか、こちらの要求を呑んでもらうためには何が必要か、相手の立場になって物事を進める姿勢を持つことがうまくいった理由の一つではないかと思います。苦労することが多かったですが、従事した社員の人柄もあって、大きなトラブルもなく最後には大変仲良くしていただきました。
―現場での作業がスムーズに進行するような工夫はありますか?また何か挑戦したと思えるエピソードはありますか?
長橋
この工事は、桁下4.7mという空頭制限のある中で施工を進めなくてはいけなかったため、使用する機械や施工法について現場で工夫し、困難を乗り越えました。工事が始まる前の積算や、初期の段階の施工計画からプロジェクトに係わることができたので、自分に大変プラスになりました。
また、この工事では、日々の営団さん、JRさんとの打合せは言うまでもありませんが、協議先が多岐に渡っていました。
警察(道路使用許可、信号、復旧形態)、国道(本復旧)、都第五建設事務所(復旧形態)、墨田区(駅前整備)、埋設企業各社(立会、防護、復旧)、都バス(復旧)、面白いところではタクシー近代化センター(タクシー乗り場移設・復旧)など、直接的な数多くの協議を作業所で行わなければならなかったのも苦労した点です。
しかしどことの協議を取ってみても不思議なことに、とにかくスムーズに行うことができました。これも、先ほど沿道対策でお話したように、従事した社員が辛抱強く、丁寧な対応をしたことが良い結果に繋がったと言えます。
またこの現場は無事故で竣工を迎えたんですよ。全員がそれぞれの立場で現場の状況に気を配り、危ない状況を未然に回避したこ とが、一番の大きなポイントだったと感じています。
その他には工期は厳しかったですが、みんなで休みが取れるように、前もって休暇予定表を作成し、順番に休みを取って、プライベートの時間も充実させながら仕事に取り組みました。ちょうど子供が幼稚園にいた頃で、月に1回お父さん達が幼稚園に集まり、子供達の相手をするお父さん先生の日がありました。これにはできる限り出席をするようにしていました。
また、卒園式、入学式にも、出席することが出来ました。仕事がハードな中、事務で現場にいた社員が結婚しましたが、知識がないまま婚姻届を提出しに行き保証人の署名がいるとの事で市役所から現場に戻ってきて、当時の次長(加古)と私(長橋)が保証人欄に署名したりもしたのも今となっては良い思い出です。
―大きなトラブルなく竣工を迎えたことで、何か自分が成長したと思えることはありますか?
長橋
入社6年目、7年目の時期に配属となったので、工事全てが勉強でしたが、仲間との接し方、工事に係わる人との良好な関係の築き方を覚えたことが、今となってはとても役に立っています。
工事が進むにつれ、任されることが多くなった時には工程に間に合うようにやりくりをすることがプレッシャーではありましたが、学んだことを生かして、仲間や関係者と一丸となれたことで、無事に竣工を迎えることができました。
―当時を思い返してみて、一番印象に残っていることはどんなことですか?
長橋
地下鉄の開業が近くなり試運転の始まった時にお客さまである営団さんに試乗会に家族揃って招待していただきました。
一般公開前で、まだ人の降り立っていない駅のホームに誰よりも早く立てたこと、新しい車両に一番に乗れたことを大変喜んでいました。その様子を見て良かったな~と改めて思いました。
また営団さんに「よくやっていただきましたね!」と声をかけていただき、大変うれしく思ったことも忘れられませんね。その他にも開業前のホームでコンサートが行われたのですが、私たちがつくった真新しい場所にふさわしい澄んだ音色が響いてとても素晴らしかったです。
余談ですが、とにかく錦糸町施工に従事した社員は年齢構成から、人柄からして申し分の無いメンバーが集結していたと思っています。時間が経てば経つほど強く感じます。だからこそ少ない人数で(あの現場の規模に対して社員の数はかなり少なかった)やり遂げることができたんだと思っています。今でも年に何回かは集まって楽しい時を過ごしています。
お客さまであった営団さんとは今でもお話しする機会がありますが、それは自分の財産です。錦糸町の工事では最後まで現場にいることができたので、モノを造ったと言う達成感が非常にありました。
―思い出の場所はありますか?また、今日この場所を訪れていかがですか?
長橋
地下鉄の開業が間近になり、地下鉄の試運転が始まり駅がきれいになっていった時はうれしかったですね。
工事が完成に近づくことは大変うれしかったのですが、土木の工事は自分の造ったものが隠れていく場合があるのが少し淋しいです。でも、普通の人ではわからない地下鉄の通路の壁の向こう側の様子まで今でもはっきりと目の中に浮かんできます。なので、自分が携わった仕事だと今でも思い返すことができるんですよ。
私は錦糸町の近くで生まれ、今でも錦糸町に住んでいるので、いまだに自分の携わった仕事を良く目にして当時の事を思い出したりしています。ここでは駅と合わせて当社施工で、駅前のロータリーと駐輪場が整備されたことで、『私たちの仕事があって人が立ち止まることのできる駅前広場に生まれ変わったのだな』と実感します。
―後輩に一言!
長橋
初めて挑戦することには不安がつきものです。任されたことであっても自分だけで終わりにするのではなく、ベテランの目を生かしてチェックしてもらってください。
忙しそうにしていても、きちんと報告をすればみなさんからの問いかけに耳を傾けてくれます。そして、自分の間違った思い込みに誰かが気づいてくれます。
その他には、現場を良く見てください。よく見ることによって仕事の順序の良し悪し、問題点等が見えてくるはずです。仕事を進める順序は人それぞれです、自分なりの考えをもつことがこだわりを生み、モノを造ったと言う達成感につながっていくのです。自分のスタイルを大切にしてください。
当時の現場の精鋭たち!!

ーこれから挑戦したいことはありますか?
長橋
私自身錦糸町の現場に携わることができて本当に良かったと思っていますが、これから関わっていく現場で同じ仕事に従事する方に、自分が感じることのできた同じ気持ちを味わってもらえるような現場作りをしていきたいと思います。
また自分自身もまだまだ勉強中ですが、自分が今まで経験した成功例、失敗例を後輩に伝えていきたいと思っています。
ー目黒さんの感想ー
インタビューで、当時現場で第一線の工夫・苦労した点の話をうかがいました。そのとき、私は長橋さんが、錦糸町の現場に対して強い思い入れがあるのを感じました。
現在私は、入社2年で仕事に余裕はないですが、自分が携った現場に対し、思い入れが持てるように仕事をしていこうと思いました。
■地下鉄11号線錦糸町駅建設工事
○施工場所 東京都墨田区江東橋3--13地先~錦糸4-6地先
○発注者 帝都高速度交通営団(現:東京地下鉄株式会社)
東日本旅客鉄道株式会社
○工事概要 延長 150m / 深度 24m
路面覆工 2,700㎡ / 掘削 51,000m3
○工期 1996年3月~2003年2月